Utokyo faculty development東京大学

インタラクティブ・ティーチング

ストーリーセッション

ストーリー10.学生とともに創る授業

(音楽)

中原 皆さん、こんにちは。

山邉 こんにちは。

中原 トークセッションということで、それぞれの研究領域、学問領域のフロンティアを走っていらっしゃる先生がたに教えることについて聞いていくコーナーです。きょうは、教養学部の山邉先生にお越しいただきました。
 先生、お忙しいところ、ありがとうございます。

山邉 とんでもないです。こちらこそ、よろしくお願い致します。

中原 早速伺っていきたいんですが、先生の、まずご専門の領域というのは、どういう領域なんでしょうか?

山邉 結論から言いますと、教育学です。

中原 教育学。

山邉 はい。もともとは、科学史を学生のころ勉強していたんですが、科学の歴史というのは、言ってみれば人類の知の歴史です。そこから大学の歴史とかなり内容面で重なるところがありまして。あとは、自分自身が教育を実践していく中で、関心が大いにシフトしてきて、現在は、国際国内学会活動も、あと科研費みたいな研究費活動も全て教育学でやってます。

中原 そうなんですか。なるほど。

山邉 はい。

中原 教育学ということで、普段は駒場のほうで教えてらっしゃるんですよね。

山邉 はい。そうです。駒場で大学院学部後期課程、あと学部前期課程、通年教育も行っております。

中原 そうですか。駒場のほうでは、特にこの駒場というのは、学部生が多い所なんですけども、どんなような授業を担当なさってるんですか?

山邉 学部教育ですと、大きく二つありまして、一つがアカデミックスキルズを教授する、それの習得のサポートを行う初年次教育です。もう一つが学期ごとにテーマを変えて、それに対してアクティブラーニングで学習者が取り組むという授業を行っております。
 後者に関しては、例えば先学期は国際問題について問題の発掘から、問題の所在の精査から、あとは解決法に至るまで、全て学習者主導でアクティブラーニングで取り組むというような授業をやっています。今学期は研究倫理をアクティブラーニングで学ぶということも行っています。

中原 まず学部生、1、2年生ですか?

山邉 そうです。

中原 それで、テーマは研究倫理とか国際問題とか、テーマがあって、その学ぶ手法みたいなものがアクティブラーニングとか、そういうインタラクティブにやるものというふうに認識していいですか?

山邉 そうです。より具体的に言いますと、国際問題に関しては、プロブレムベースドラーニングの手法を使ってまして、あとは、研究倫理とかサイエンスコミュニケーションなどもやっているんですが、その辺りはプロジェクトベストラーニングなどで行っています。

中原 なるほど。ちょっと、プロジェクトベストラーニングとプロブレムベースドラーニングでしたっけ? これはどういう差があるんですか?

山邉 プロブレムベースドラーニングは、やはり問題解決を最終的なゴールとするものです。なので、学習者自らが、班に分かれてグループでそれぞれのアイデアを寄せ合って、問題解決まで導くというような省察的なプロセスで何度か回るんですが、そういったことに重きを置くアプローチです。
 プロジェクトベストラーニングは、そういった問題解決も含まれるんですけれども、その先に、例えば社会の人たちに対して、大学祭のような、もしくはオープンキャンパスみたいな場を使って、学生が、現在自分たちがどういった学びをしているのかであったり、授業で扱ったテーマに関して社会発信をして、それが一方向的ではなくて、インタラクティブに社会のかたがたの声も引き取ることができるような出題でやるような授業です。

中原 なるほど。省略すると、同じPBLなんですけれども、恐らく学生がグループになるところは変わらないので、ディスカッションをしたり、物事を議論して決めていくっていうプロセスが、やっぱり出てくるってことなんですかね。

山邉 そうです。ある種の大きく言えば共同学習の一形態だと思います。

中原 先生は、逆に学生がそういうふうに議論してるときは、何をなさってるんですか?

山邉 折に触れて、議論が少し滞ってるところに、控えめに介入をして、それで議論がまた活発に起こるように、ファシリテートするような役割に徹してます。あとはかなり観察をしてます。できるだけ、教員は意図して、ある節によると介入を2割以下に抑えることが望ましいというような研究結果もありますので、できるだけ自分がこうしたいというのを抑えて、観察して、ただ全部学生さんに丸投げするのではなくて、教師としてプロとして適切に介入すべきところは介入してというような感じで関わっています。

中原 そういう意味で言うと、欲しい意見やこっちのほうに進めばいいんじゃないかなと思うところを、ちょっと念頭に置きつつも、学生がいろいろ言ってくるのを待たなきゃならないじゃないですか。待つという側面がありますよね?

山邉 はい。あります。

中原 あと、今おっしゃったみたいに、非常にあちこちにぶっ飛んでいくものを、この辺までは許容しなきゃなんないという幅がありますよね。その辺というのは、なかなか難しそうですよね。

山邉 そうですね。ある程度、その辺は教師の部分的なセンスによるのかもしれませんが、そこに帰着させずに、テクニカルなことを言えば、例えば学期の最初に大きな枠組みは繰り返し示して、ここからはみ出るような感じの議論はここではしませんということで、あらかじめ明示する。ただその中で、枠組みの中であれば、どういったトピックやテーマ設定でもいいよということで、ある種の自由度を与えるんです。そこら辺のバランスで、カオスにならない状況を作ったりというのもあります。

中原 なるほど。

山邉 あとは、週ごとに冒頭の時間を使って、各班の前回までの取り組みを共有することで、ある程度方向性が本当にバラバラにならないように、教員と学生さんが共に授業を作り上げるというような状況を作り出してます。

中原 なるほど。ちょっとまた別の角度から伺いたいんですが、僕は研究柄、社会人とかビジネスパーソンとか、あとは大学院生を教えるのは得意なんだけど、学部生になってくると、ひと言で言います。苦手なんです。

山邉 そうなんですか。

中原 なぜ苦手なのかというと、どの辺まで分からないのかが、僕が分からないであったり、何に興味関心持ってくれるのかが分からないときもあって。多分それは経験が少ないっていうのもあるんでしょうけど。ちょっと先生に、もし学部生に教えるっていう観点でしたら、どういうコツがあるのかとか、どういう心構えがあるのかというのを、ちょっと伺いたいんですが。

山邉 了解しました。大体二つほどありまして、一つが教育学の世界ではかなり言われていることではあるにしても、やっぱり学習者中心の教育を意識的に徹底するというのは、やっています。それは決して学生さんにおもねるのではなくて、学習者が自らの学びに対して責任を持つということを、ある種、口頭で言ったりしますし、そのためには、僕らは最大限君たちをサポートするということもきちんと言いますし、その辺がまず一つです。
 もう一つは、これも最近言われることなんですが、ダイバーシティです。学部生は良かれあしかれまだ専門が未分化なところがあります。特にこの大学に至っては、良い意味で文化1、2、3、理科1、2、3という科類というものに分かれています。幸い私のゼミはかなり多くの学生さんの履修希望をいただくんですけれども、選抜の段階で学習者の皆さんに了解の上で、選抜を行うときに、科類と学年と男女とかをバランスよく配分して、そういった学習環境を作っています。そうすると、学生のほうからは、自分と全く、普段は教室の中では意見を交わさない別の価値観の人たちと出会って、同じ学び合うことで新しい自分の価値観を作ることができたということで、良い反応をいただくことが多いです。

中原 そうですか。かみ合わないことはないのですか? 要するにダイバーシティが高いってことは、バラバラになる可能性ってのもあるんだろうと思うんだけど、それはないですか?

山邉 恐らく学習者の内面的な面ではある種のコンフリクトはあると思うんです。自分の価値観とはどうしても受け入れられないような価値観であったり。ただ、そういったコンフリクトも含めて学びであるということを、きちんと明示的に学習者に伝えることで、みんながそこの部分のプラットホームに乗った上でという感じの状況は、作り出すようにしてます。

中原 なるほど。

山邉 もう一つ、こんなふうにダイバーシティというふうに考え始めたのは、実は最近ではなく、結構10年ほど前からその必要性を考えてきたんです。参考になるかどうか分かりませんが、イギリスで医療者の教育で、インタープロフェッショナルエデュケーションというものがあるんです。それは従来の医療者教育は、医学科があって、看護学科があって、リハビリテーションがあって、薬学科があってということで、縦割りでずっと行われていたんです。ただ、ここではチーム医療が重要と言われてます。臨床の現場では。だから、教育がそういったシステムで、彼らが実際の臨床の現場で初めてご対面というような、ちょっと望ましからぬ状況が発生していたんです。ただ、もうそのときには、目の前に患者さんという大事な存在がいらっしゃるわけです。そうすると、ある種、手遅れ感がやっぱりあるもので、そこで取られた方略がそれぞれの学科の子たちが学びの初期段階で既に同じテーブルを囲んで、一つの症例に対して、各専門性を生かした意見を言い合って、問題解決に、それこそPBLなんですけど、当たる。それは僕らが今居る総合大学でも使えそうな概念だなと、前から思ってまして。環境問題一つ取っても、国際問題一つ取っても、一つの専門だけでのアプローチではほぼ解決はできません。だから、初期段階で、自分と学術的な思考が異なる人たちといかに連携して、問題解決に当たるかということのベース、レディネスを作る上で、必要かなと思ってやっております。

中原 なるほど。そういう意味で言うと、葛藤も生まれ得るかもしれないけど、そういうものを抱きながらやっていく必要があるということですね。

山邉 そうです。

中原 ちょっとまた質問変わるんですけど、このビデオはこれから教壇に立ちたい先生がたも見てらっしゃるんですが、先生のお立場からそういうかたがたに一言エールというのか、一言いただけるんだとしたら、どんなものがありますか?

山邉 私も教師になって、今、6年目で、決して経験が厚くないんですが、逆に言えば、そういった皆さんと同じような気持ちをまだ共有してる人間の1人ではないかなと思います。教育を行っていく上では、いろんなつまずきが教育者としてあるんです。皆さんも、きっとあると思います。そういったときには、自分自身が学習者中心の授業を、教育を果たしてできているのかということを、自らに問うことで、発展的に解決すべき課題であったり、つまずきの理由とかが明らかになることっていうのは、大変多いんです。
 先ほど医療の話をしましたが、例えば良きお医者さんがどういうものかと考えてみると、自分の見立てだけに固執せずに、目の前にいらっしゃる患者さんのいろんな文脈をきちんと読み取って、その患者さんにどういったアプローチが最善であるのかというのを、常に考えているお医者さんが名医だと思うんです。
 教育も似たようなところがあって、教育者も自分が良かれと思うことを学習者に押し付けるのではなくて、目の前の学習者諸君がそれぞれの文脈でどういった学びを必要としてるかを丁寧に読み取って、そこを支援していくという意味でのプロフェッショナリズムを発揮するといいのではないかというのが、まず一つと、あとさっきの補足的に言いますと、教育者も学習者によって成長させていただいてるというような感じの意識を持つと、態度として、やっぱりそこは出るので、だから結果として、学習者と良き関係が築けて、良き教育を共に作り上げるような雰囲気が出来上がるかと思いますので、何かこれからご自身なりに課題を少し感じられたら、いろんな解決策の一つとして、今、申し上げたようなことを意識していただければ、とてもありがたく思います。

中原 分かりました。
 じゃあ、これで終わりたいと思います。どうも、お疲れさまでした。

山邉 お疲れさまでした。

(音楽)

(了)

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