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ストーリー2.ケースを用いた学習:ケースメソッドを用いたビジネススクールでの学び

(音楽)

中原 皆さん、こんにちは。

一同 こんにちは。

中原 東京大学の中原です。それでは、トークセッションということで。きょうは本当にお忙しいところ申し訳ございませんでした。経営学の髙木先生に来ていただきました。よろしくお願い致します。

髙木 こんにちは。よろしくお願いします。

中原 先生は経営がご専門ということで、普段、大学やいろんな所で教えられているときは経営を教えるっていうことになると思うんですけれども。

髙木 そうですね。

中原 その、経営を教えるっていう観点でいくと、いろんな教え方があると思うんですが、ケースメソッドという、先生が実践なさっていることについてきょうはいろいろ伺いたいんですが、よろしいでしょうか。

髙木 はい、分かりました。

中原 きょう、いろんな方が見られてるんで。ケースメソッドってそもそもどういう教え方だったり学び方だったりするのかっていうことを少し伺いたいんですが。

髙木 では、経営を教えるということがそもそもどういうことで、それを学んでもらうのにどういう授業の方法がふさわしいか、この順番で話さないといけないので。

中原 そうですね。

髙木 経営というのは、何か目的を達成するためにたくさんの人々が集まって、いわゆる組織を作って、そこで人々が協力をして、活動します。それが、目標に向かってみんなが動機付けられて、協力体制が組まれて、時間をかけて進んでいく、これが経営ですね。

中原 なるほど。

髙木 だから、企業の経営もあるし、病院の経営もあるし、行政組織の経営もあるし、それから、家庭も経営かもしれないですね。

中原 広いですね、それ。

髙木 経営自体はとても広い言葉ですね。すぐ企業経営っていうふうに考えられるんだけど、実はもっと広く捉えるべきで、英語で言うとadministrationとかmanagementとか言われます。それが、教育をするという立場の私、研究ももちろんするんだけれども、教育をするというふうに考えると、経営がどういうもので、経営する当事者、責任者、あるいは一緒に経営をしていくメンバーであったりスタッフであったりする人々に経営を教えねばいけないのです。で、今度は教室という場面を使って、教室以外でもやらねばいけないんだけど、学校という仕組みの中でやろうとすると教室ですね、教室で経営を教えるとなったときに大きく授業の方法を二つに分けると、古典的なのが講義ですね。それから、もう一つ、全く違ったやり方でケースメソッド。

中原 なるほど、二つあるわけですね。

髙木 で、講義の説明を先にしてしまうほうが分かりやすいんですけれど。講義というのは、義を講ずるって書きますね。義っていうのは、分かりやすく言うと、正しい物事を順序立てて説明をするのが講義です。経営というのは、正しいことを順序立てて実行しても目的の達成になかなかならない・・・。

中原 ときもある。

髙木 ときもある、そのときの方が多い。なぜそうなってしまうかっていうと、事前に順序立てられる分量が思ったよりも少ないんですね。経営活動が進行すると事前に想定していないことも起きてくるし。それから、企業経営で言えば競争相手が居ますから、競争相手が事前にどうであるかということを把握するのはなかなか難しい。

中原 そうでしょうね。

髙木 それで、物事の進行とともに新しい場面がいくらでも表れてくる。で、かたや自分と一緒に働く人、自分がリーダーであれば自分と一緒に働く人も思ったとおりに動いてくれたり、くれなかったり。ということで、とても複合的、複雑なことが経営の中で起きてきます。ということを講義で教えるのってとっても難しい。

中原 前もって準備しといたほうがいいこととかは、正しい答えが分かっているので義を講ずるでいいだけれども。

髙木 はい、十分です。

中原 場当たり的でかつ即興的に変化に対応しなきゃならないことはちょっと講義じゃ難しいよねってということになるんですかね。

髙木 そうですね。言葉で言うと、ダイナミックに動く場面。で、そのダイナミックにはプレーヤーがたくさん居る。自分が考えているプレーヤー、自分もプレーヤーだし、自分の部下たちもプレーヤーだし。だけど、自分の仕事で相対するのは、競争相手だったり、あるいは行政官庁だったり、もちろんマーケットの一般のお客さまが相手ですね。そうすると、ものすごくダイナミックなことが起きると。それを教室の中でまず分からせるということをしなくてはいけないし、それに向けて自分がどういう構えを、心構えですね、構えを持っていなければいけないか。同時に、作業が進行していくと新しいことが出てきますから、それを取り込んで、自分が決定して、仲間と一緒に行動してっていうことを組んでいく、フォーメーションを取っていくわけですね、それを教室で教えるってことをしないといけないですね。

中原 なるほどね。決めたり、そういう環境の変化に応じて行動しなきゃねっていったときに、やっぱり、そこは大きい制約になるかもしれませんね。

髙木 大きいですね。で、教室という制約条件を外せば、もっとフィールドワークをたくさんしたりとか、ワークショップをやったりとか、インターンシップをやったりとか、現場に出て体で覚えるということができるんですね。それはそれで非常に重要。一方で、実際にフィールドワーク系のものをしようとすると扱える題材というものが限られてくるんですね。数が少ないんですね。

中原 しかも、行くところもね。

髙木 行くところも限られていますね。だけど、実際の経営の現場では多種多様なことも起きてくるから、もっとたくさんのことを教えねばいけない。となると、教室というのは実は便利な場で、そこの、大学の授業で言えば何セッションかありますよね、複数のセッションがあって毎回題材を変えることができます。これが大学の授業の良いところ。そこに題材を持ち込んでくる、その題材に事例とかケースとかいうものを使うわけです。

中原 それがケースメソッドということになるんですね。

髙木 ケースメソッドです。

中原 ケースメソッドの授業っていうのを最初に見てもらうことにしてもいいですか。じゃあ、ちょっと見ていきましょうか。

髙木 そうですね。私が3年前にNHKの『白熱教室JAPAN』っていう番組だったんですけど、そこで4回にわたって授業を放送してもらったことがありますので、その一部を見ていただくのがよいかと思います。

(音楽)

髙木 ~が主人公です。もう一つはマイクロソフトのWindowsNTというOSを開発したときのデヴィッド・カトラーという方がリーダーシップを取ったとき。この二つのケースを比較して、リーダーシップっていうのはどこにポイントがあるのか、二つのパターンっていうのはどう違うのか、じゃあ、始めよう。
 タカノさんっていう人と、それから、カトラーさんっていう人は随分やり方が違います。特長挙げから入っていって、彼らは何を考えていってそういうリーダーシップを取っているのか。それから、彼らはどういう性格、人柄ですね、があってそれができるのかというのも込みにしていこうかと思っています。スタート、誰かからスタートして。誰? こっから、はい。

A- まず、タカノさんはすごい協調性を重んじる人で、カトラーは独自でカリスマ性を持ってやるってことで違いが大きく異なるのかなと。

髙木 これ、何を重んじる?

A- 協調性です。実際にスターにさせないでとか、みんなの和を大事にするっていうのがタカノさんなのに対して、カトラーはすごいカリスマ性を駆使して、自分の背中でみんなに「ついて来い」というようなタイプの人。

髙木 ついて来い?

A- はい、「俺について来い」という感じで。そういうタイプです、リーダーです。

B- タカノ氏は動機付けに達成度とかやりがいとか、そういったものを使っていて。カトラー氏は動機付けにストックオプションであるとか、あとは恐怖っていった形で動機付けをしているなと感じます。

髙木 恐怖? これが動機付けですね。恐怖の動機付けっていうのとこっちの動機付け、達成感ですかね。みんなの遠慮への動機付けとどっち?

B- こっち。違うかな。

髙木 こっち?

B- うーん。

髙木 ちょっと雰囲気伝わる感じ。

中原 なるほど。ちょっと普通の授業ではないみたいな感じですね。

髙木 そうですね。

中原 ちょっと先生に解説いただくとすると、じゃあ、ケースメソッドの授業っていうのは通常どういうふうに進んでいくんでしょうか。

髙木 教室でスタートしたとすると、実は教える側はその授業の手前で準備っていう期間があるんですけれども、その準備の説明は後でするとして、教室で「始めます」ということで授業がスタートすると、講師の人間、先生ですね、先生は解説をするとか、説明をして分からせるということをあんまりしないので、先生の口から出てくる言葉は、ケースについて「今からこれについてみんなで議論をしよう」、「これについてみんながどう考えるか」、「ケースの中のこの場面について、なぜこれが重要で、なぜあちらのことが起きてきたんだろう。それについてみんなはどう考える?」、この種の発言が講師からは出てきます。

中原 じゃあ、問いを投げるっていう感じですか。

髙木 問いを投げます。

中原 うん。そうすると、生徒さんは、こう、「はい、はい」って感じになるわけですか。

髙木 「はい、はい」ってなるように仕向けねばいけません。

中原 なるほど。それはどういうことですか。

髙木 ほとんどの方は聞いて勉強しようっていうふうに思っていますので、先生が何かを教えてくれると思っているんですね。

中原 正解を持ってて、義を講じてくれるはずだと。

髙木 そう、義を講じてくれる。だから、さっき言った、授業の手前の準備っていうのも、やっぱり、大事で、ケースメソッドのクラスの授業が始まるときに、「はい」って手を上げたくなるように持っていくっていうことをしないといけません。それは授業中も必要です。授業の手前でも必要ですね。

中原 学生さんは結構アサイメントとかを読んでいて、準備をしているっていうことなんですかね。

髙木 そうです。予習は結構大変だと思います。

中原 ちょっと概算というか、一つの授業のために学生さんはそのケースを読み込んでくるっていう作業が、多分、いると思うんですけど、それはどのぐらい時間がかかるものなんですか。

髙木 はい。ケースがA4の紙にざっとで20ページ書いてあるものが一つのケースぐらいなんです。二十何ページぐらいかな。通しで1回読むのに、多分、小一時間かかると思います。

中原 結構かかりますね。

髙木 それはなぜかというと、ビジネス・スクールだったら他者経営のことが書いてありますから、スラスラ読めるほど単純な出来事ではないわけですね。ある商品があって、その商品がどういうふうになっていて、その責任者がそれをどういうふうに売ろうとしていて、お客さまが居るのか居ないのかよく分からなくて、テストマーケティングするとこうなっていた。じゃあ、実際に売るぞっていうところまでケースに書かれていたりすると、それ読んで、その中の当事者とほぼ同じ頭の状態にしないといけないわけですね。

中原 そうすると、ある意味でケースを読み込むっていうのは、その会社の映像みたいなものというのかな。

髙木 はい、そうですね。

中原 光景が浮かぶまで読み込まなきゃってことになりますかね。

髙木 はい。もちろん完全情報はケースには載せられないです。それはページ数が限られるからということもあるし、経営の当事者とて完全情報は持てないんですね。

中原 そうですね。

髙木 完全情報を持って経営をするってことはあり得ないので、その制約があるわけです。だから、文字に書かれていることを理解して、実は文字に書かれてないけど、多分、こうかもしれないっていう合理的な推測みたいなことを結構要求されますね。そうすると、もう一回読む、じゃあ、もう1時間かかる。

中原 あら、2時間かかっちゃった。

髙木 で、今度は予習の設問っていうのがくっついているので、「この切り口からあなたはどういう意見を言いますか」とか、「当事者のこの意思決定についてあなたはどう評価する?」っていうような設問が付いているから、自分の、今度は意見構築をしないといけないですね。意見構築をするのにもう一回読むと合計で3時間かかる。

中原 結構ハードですね。

髙木 一つ3時間ぐらいはかかりますかね。

中原 じゃ、かなりの学生さんも準備をして授業に来られて、先生が問いをポンって投げかけて、ダダダダダッて、こう、手が上がるもんですか。

髙木 上がるようにする工夫が冒頭で必要です。

中原 どんな工夫なんですか。

髙木 その工夫は、きょう、このケースでやらにゃあいかんこと、きょう、このケースで議論せにゃいかんことっていうのが、大体、皆、もう予習をしてきていますから分かるんですね。分かるんだけれども、意識をそこへシュッと集めないといけない。ただ集まってきて座っているだけで「はーい」って手を上げてもばらけてしまうので、これでいきますよっていう、光を当てるんだったら、集光、するために、その日の題材と関係する、つかみというふうによく言われるんですけど、つかみで大体分かってくださるでしょうか。

中原 分かると思います。

髙木 を1分、2分しゃべって、フッとなったときにスタートする。

中原 なるほど。そのつかみっていうのは、例えば、そのケースでは扱われていない企業事例を話すんですか。それとも・・・。

髙木 の場合もあります。

中原 そうなんですか。

髙木 はい。きょうの、じゃあ、日経新聞の冒頭の記事の場合もあるし、個人的な経験をしゃべる場合もあるし、お天気の話みたいなのもあるし。

中原 じゃあ、仮に、そういうふうにつかみがうまくいって、じゃあ、ケースが始まりました。で、いろんな手が上がってきたときに、先生は、じゃあ、先生側はある意味見ているというか、聞いているって感じになるんですかね。

髙木 私の頭の奥3分の2ぐらいは絶えず場の動きを見て次の方向を考えないといけないのですね。教室の発言がただただ出てくるだけだと。

中原 ダラダラと。

髙木 ダラダラとりとめもなくて、話が漂流をするんです、あっち行ったりこっち行ったりする。それは、先生側としては必要な頭の中の訓練になっていかないんですね。頭の中の訓練っていうのは、自分がこのケースの当事者だったら、今までがどうでこれからどうするっていうことを絶えず考えさせないといけないのですね。これからどうするっていったときに、いろんな条件設定を入れ替えたりして頭の訓練をするわけですね。非常なリアリティーを持ってわが者の立場で、当事者の立場で考えさせないといけないから、そちらに向けてドライブをかけていくために、次に出す先生側の言葉っていうのがものすごく重要になるんです。

中原 なるほど。そうすると、3分の2は生徒のほうというか、進展を見ていって。

髙木 見ていますね。

中原 残りで言葉を考えると。

髙木 そうです。残りの3分の1がこの表情になっていて、この言葉になっていて。もっと大事なのは、学生の発言を絶えず板書しているんですね。で、黒板とかホワイトボードに書くわけです。これを実は学生たちは見ていて、今までの授業がきょう開始になって、今の時点まで誰が何を言って、どういう話題が出てきていてっていうのは、黒板を見ているから、これ、鳥瞰図ができているわけです。

中原 なるほど。議論の見える化っていうことが始まっていってということですね。

髙木 そうです。はい。だから、その議論の見える化のときに、ちょっと工夫をして、どこに何を書くかっていうので意図的に議論の流れってハンドリングできるわけですね。

中原 はい。じゃあ、どっ空けとくとか。

髙木 空けとくとか、色を変えとくとか、字を大きく書いちゃうとか。

中原 なるほどね。俺の発言は黄色で書かれただけとか、おかしいなみたいな。

髙木 そう。とか、ここら辺に隙間が空けてあって、誰かが言うだろう、この上にこれが書いてあって、その隣にこれが書いてあって、誰かが言うだろう。で、それを言った途端に今までの議論っていうのが全部つながってくる。実はこれが一番大事で、それに誰か言うかなと思いながら黒板を作っていくのです。なかなか大変です。

中原 かなり高度なというか、ずっと考え続けなきゃあならないあれですね。

髙木 そうですね。

中原 議論がいろんな人から出てくるってことは、ある意味、発散しちゃって、もう、どっちらけの方向に行ったりとか、あさっての方向に行っちゃうことってないんですか。

髙木 ほっとくとそうなります。だから、ほっといてはいけないんです。

中原 じゃあ、ある意味、先生が広いガードレールみたいなのを持っていて、こっちの方向に行ったらやばいぞっていうところは、さっきの黒板の技術でなんとか軌道修正をしながらっていうことをやっていらっしゃるんですかね。

髙木 そうです。クラスは何十人か居て、普段の私のクラスは50人ぐらいですけれども、50人居て、この50人が全体で生き物のようになります。だから、みんなが物を言ったときに他の人のことも聞いているわけですよね。で、聞いていて、先生のことも聞いていて、それで、自分が物を言うということで、先生も込みにしてその50人というのが生き物のようになるので。それが、こう、動くんですよね。その、動くときに、こっちに向かって動いて行きたいと、全体が、やっぱり。1人はそうは思っていなくても、全体がこっちへ動くんですね。議論がこっちへ行くわけです。で、こっちへ行くとどこへたどり着くかっていうのを早い時期に推測をして、予測っていうか推測っていうか、この議論をしていくとここへ行くよね。ここへたどり着いたときに、次に何をやるとこれが生きてくるのか。だから、今度はこっちへ向けないといけないのね。という意味で、もう、本当、舞台演劇、舞台芸術だと思います。

中原 なるほど、そうですね。ちょっと問いを変えたいんですけれども、こういうケースメソッドっていうのは、先生はなぜできるんですかっていうか、どこで学ばれたんですか。

髙木 一番勉強させられたのは、ハーバード・ビジネス・スクールへ留学をしていたときですね。

中原 そのときは、先生が学び手だったってことですかね。つまり学生さんだった?

髙木 そうです、学生さんです。博士課程の学生さんでした。

中原 見たとき、どんなんでした?

髙木 実は、その手前があって、ハーバード・ビジネス・スクールに留学する以前に既に、私、慶應ビジネス・スクールの助手になっていたので。慶應ビジネス・スクールはハーバード・ビジネス・スクールからケースメソッドを導入した学校でしたので、助手のときに私の先生方がハーバード流のケースメソッドをやってましたから、見てるわけですね。だけど、学生になってハーバード・ビジネス・スクールへ行くと、実は別世界ですね。もっとちゃんとやらないといけない。

中原 そうなんですか。それは学ぶ側も結構準備しなきゃならないし。

髙木 そうですね。ケースメソッドを教えてくださった私の先生が、クリステンセンっていう、ミスター・ケースメソッドと呼ばれていた人なんですけど。その方のセミナーにたくさん参加して、で、授業を取って、教え方を教えてもらうということをしましたね。それが言ったら原点ですね。

中原 それで日本にお戻りになられてってことですね。

髙木 はい。

中原 そういう、かなり、生き物をあたかも扱うような授業の仕方っていうのは、さっき先生がおっしゃっていたのと、あと、舞台芸術とおっしゃっていたんですけれども、そういうのを学んでいくためには、どういう学び方があるのかなっていうのがすごく気になるんですね。というのは、こちらに、多分、見られている方は、これから教壇に立ったり、いろんな場所で教えたり学んだりする方多いと思うんですけれども、こういうケースメソッドをできるようになるためにはどんなふうな学び方があるんですかね。

髙木 私が経験したことは、ハーバード・ビジネス・スクールでディスカッション・リーダーシップ・セミナーっていう科目だったんですね。それはケースメソッド授業方法をケースメソッドで学ぶ。

中原 ケースメソッドの教え方をケースメソッドで学ぶ。

髙木 そう。だから、ケースメソッドっていうすごくダイナミックな授業方法を講義で学ぶわけにはいかない。

中原 それ、矛盾してますよね。

髙木 だから、ケースメソッド授業方法をケースメソッドで学ばせる科目があって、それを履修した者はケースメソッド授業で教壇に立てるようになりやすいんですね。

中原 それは研究科というか、ビジネス・スクールの中でそういう講座があるんですね。

髙木 博士課程の必修科目です。

中原 そうなんですね。

髙木 今でも名前を変えて存在していると思います。で、それと同じようなことを慶應に戻ってきてやればよいのだというので、私が十何年か前にケースメソッド教授法という、授業方法を教える科目をケースメソッドで教える。

中原 それはビジネス・スクールのドクターの学生さんですか。

髙木 ええ、慶應ビジネス・スクールのドクターと、修士の学生も履修できる科目でした。今は公開セミナーになっていて、どなたでも参加できると。ケースメソッドの教授法をこのセミナーに参加されるのが一番近道ではないかと思います。

中原 そうなんですか。先生はケースメソッドの教授法を授業としてなさっていたときって、どんなふうに教えているんですか。

髙木 うん。そうはいっても、若干は講義をしないといけないんですよ。そもそもケースメソッド授業方法っていうのはこういう構造になっています、こういう予習のさせ方と、こういう授業の展開、90分なら90分のディスカッション授業ってこう展開をしたほうがいいですみたいなひな形っぽいものがありますから。それはレクチャーをしないといけないんですね。で、レクチャーは毎回のセッションでいったら30分ぐらいで、残りの午前と午後の時間、1日かけてセッションをやりますので、それが掛ける4回か5回あるんですね。で、その午前と午後のセッションは受講者が、誰かがくじ引きで先生役になって、残りの受講者が生徒役になって、練習授業を。

中原 ロールプレーイングみたいな形で。

髙木 ロールプレーイングをする。だから、その先生役になった者は、何週間後の、2週おきにセッションが確かあるので、2週先の準備を今からするわけですね。それはもう大変です。

中原 緊張しますね。

髙木 全部録画をして振り返る。

中原 きついな。そうですか。

髙木 そういう、すごく方法論的に幅が広いんですよね、授業の方法としては。単に先生がこうやって語ればよいという方法だけではなくてすごく人を引き付けねばいけないし、題材そのものの知識、私はリーダーシップが専門ですから、リーダーシップに関する学術式の知識も非常に持ってないといけないし、企業組織の中でリーダーシップが実際にどうなっているかっていうのをリサーチをかけていくっていうことも研究者としては取らないといけないので。そういう幅を持たないと授業できないのですね。

中原 結構大変ですね。

髙木 教育者としては当然だと思います。

中原 そうですね。そういうケースメソッドの授業なんですけれども、学生さん、この場合はビジネス・パーソンになるんですかね、多くは。

髙木 そうですね。ビジネス・スクール、MBAスクールであるということを考えると、もう、職務経験、ビジネス経験がもう数年ある者が7割、8割です。

中原 その学生さんはどういう反応なのか。いいっていう人も居るし、結構ハードル高いなと思う人も居るし。どんな感じなんですかね。

髙木 50人ぐらいのクラスだとすると、人間の多様性の1種類で、どうしても先生からお話を聞いて、頭の中に入れて、整理をして、理解をしてっていうほうが得手な方って居るんです。

中原 そういうのが好きなっていうかね。

髙木 そういうふうにして勉強するっていうのが得意、大好き。

中原 ダウンロード型っていうんですかね。

髙木 そうです。で、ケースメソッドはそこで止まりたくないんですね。で、もう、大多数の者は、ビジネス・スクールっていう所は自分から学ぶものだという前提から来てる者が多いので、自分から読んで、自分から手を上げて、自分から発言して、人と議論してぶつかって、先生とワイワイやって、それでつかんでいくっていうのが得手な者のほうが多いんです。そういうミックスです。だけど、先生側のチャレンジとしては、聞いて学ぶ人を持ち上げたいわけですよね。

中原 そうでしょうね。

髙木 同時に、自分からのめり込んでくる人間に、もっとたくさんの視野を持たせねばいけない。これが教室の大きいね。

中原 最初、例えば、ダウンロード型の学習とかに慣れてた人が、「うん、なるほど。こういうもんなのかな」と言って手を上げたり、考えたり、そういうことが結構起こるものなんですか。

髙木 起こりますね。それは、丁寧に学生たちを見ていないといけません。50人だったら大体分かる範囲内ですよね。50人の中で、自分からどんどん入ってくる者と、ちょっと引いてじっくり聞いてるタイプとが居ますので、ダーッて手を上がったときに先に手が上がった者は自分から入ってくる者ですね。その学生たちって、ある意味、貴重品で、それが雰囲気を作っていきますから大事にしないといけないんですね。だけど、彼らだけでディスカッションを展開すると、こうやって引いて聞いている人間をグッとさせられないんですよね。だから、この、引いている者が、じゃあ、私の科目だったら10何セッションあります。最初の1回、2回、3回はこういうふうに静かにしていますよね。で、4回目、5回目、6回目ぐらいになってくるとこういう姿勢になってくるときがあるわけですよ。で、こういう姿勢になってきたときを先生側は見逃してはいけなくて、きょうは今までのあいつじゃなくて、こういうふうになってきているとなるとどっかで手を上げようとするわけです。だから、こっちで議論していて、彼なし彼女がここに居るんだったら、時々見ていて、手が上がるよ。そのタイミングを見逃さないことです。

中原 こういうふうになったときに。

髙木 そうです、こうなってくるから。

中原 そういう意味で言うと、さっきの舞台芸術の目にプラス一つ必要で、相手を見る必要性ということがありますね。

髙木 そうです、相手を見ますね。舞台芸術は観客の方と共感する世界を作るんですけれども、どこまでいっても舞台芸術の場合は舞台に参加するってことが。そういう舞台芸術もあるんですけどね、ほとんどはないですね。

中原 うん、ないですね。

髙木 ところが、ケースメソッドを舞台芸術というふうに(****メタル@00:31:49)するとなると、ものすごい参加型の舞台芸術になりますね。

中原 そう。「さあ、舞台に来いよ」みたいな感じになりますものね。

髙木 はい。

中原 分かりました。ちょっと、しばらくこの時間もあれなんですけれども、これ見ていらっしゃる方は、割と、これから大学の教壇とかに立ちたいという方とか、あるいはいろんな社会教育施設で教えてる方とかが多いんですけれども、先生の、いろいろ、長年のご研究や教育の観点からですね、一言、こういったかたがたにメッセージをってことがあったら、どんな一言がありますかね。

髙木 大学の人間が使命としてやらねばいけないのが二つあって、研究と教育と呼ばれているものですね。で、研究っていうのは価値のあるものなんです。で、その価値ができれば教室で実現されたい。で、場面場面によって違うんだけれども、自分が担当している科目が、何かの都合で普段自分が研究で扱っていないものも教えねばいけないことってあると思います。

中原 ありますね。

髙木 幸い、自分の研究が扱っているもので教えるということもあると思います。

中原 あります。

髙木 後者の場合は、割と自分の研究の価値を手渡して、それで成長して学んでくれる方向にいくんですけれども、こちらの場合、必ずしも自分の研究と直結するわけではないですね。

中原 ないですね。

髙木 ところが、学ぼうとしている人はこの先生から学ぼうとするわけですね。

中原 そうですね。

髙木 そうすると、先生側の責任感、あるいは使命感っていう言葉を使っていいのかな、教育者として今度は責任を持つわけですね、この時間、それから、何セッション分。この授業を履修して、学んで、卒業して社会に出ていくときのわずかなこの時間に自分は研究とは違うことを教えているんだよねという発想を持った途端に学生はすぐに分かります、そういう先生は。だから、単位だけ取れればよい、これは許してはいけない。誰が許してはいけないかっていうと、そういうふうに思うことを先生は許してはいけない。この先生を雇うのを許してはいけないではなくて。自分は立場場、自分の研究と直結してはいないけれども、教育の責任を果たさねばいけない、それは重大です。ということは、このテーマ、この科目で教える内容について研究者として必要な書物、教科書、関連する参考図書は学生よりももっと読まないといけないですよね。そこに非常に重点を置いて授業に向かわないと、「この先生、なんだ」。

中原 「こなしてるな」みたいなね、そういうふうに思っちゃう。

髙木 「こなしてるな」。非常に敏感に学生は分かります。だって、これ聞いていらっしゃる先生方が学生だった頃のことを思い出してくださったらすぐに分かりますよ。

中原 そうですね。

髙木 ちょっと声が小さくなってしまって。

中原 いえ。

(音楽)

中原 分かりました。きょうは、本当にお忙しい中、ありがとうございました。

髙木 いえ、ありがとうございました。

中原 ありがとうございました。

(了)

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